父親は日中はほとんど仕事をしていて

子どもたちに伝えていく

まずい習慣を身につけさせてしまっているわけです。
ピシリとしたけじめを、つけそこねたようですねだめよ、だめよと、口先では言いながら、そのだめなことをしている子どもが、ことを続けていても、ただ口先で、だめなのよ、だめだめと言っているだけで、させることがない。そんな光景、街で見かけますよね平気でだめなちっとも禁止家でも、平生からそういう調子ではありませんか。
ひどい場合はなんと、あるお母さんなどは、子どもはどうせ言うことなんか聞かないから、だめと禁止したり叱ったりしたことがない、と言いましたよ。

びっくりしてしまいます。

子どものしでかすことって、どうせ他愛のないことだから。親が後始末してれば、別にどうということもないわよ。たいした手間ではないわ、それのほうが。
言っても聞かないのに、やいやい言うだけムダなエネルギーだものいろいろな親がいるし、いろんな考え方もあるのですね。でもこれではだめですよ。
あるお母さんは、自主性を育てるには、子どもの自由を束縛してはならないと考えて、家では禁ふすまを全部破りつくそう止事項ゼロ。お父さんがまだ読んでいない新聞を引き裂こうが、が、すべて自由。したいようにさせる。

子供に見られているのです。


父親は社会の代表です

障子、すると、お客が来て大事な話をしょうとしても、そこいらじゅう走り回り、客のお茶を横取りしミルクをこぼし、砂糖をばらまき、大人の話に割り込んでだだをこね、幼児なんだから、しかたないでしょ、と、家人はみんな笑っている。そういう家庭だってあるのですねこう書くと、それはひどい、極端だと思われるでしょうが、そう思う人の中に、意外と家で自分の子どもがさほど違わない様子なのに気づいて、ドキリとする方も多いのではありませんか。
つい、こんなふうにしてしまいがちですが叱って、言って聞かすというなら、中途半端はいけません。
幼い子が親のいらだちをよそに、平気でしたいだけの悪さをし続けたり、叱ろうと思っても冗曖昧で、談やふざけで、親が軽くいなされてしまったりするのは、半端だからですよね。

子どもは楽なほう

親の態度が、いい加減で、中途ほんとうに禁止し抜くつもりなのか、それとも、もし子どものほうが無理にもやり抜くつもりなら、親はそれを、ほんとのところは許してくれるのかそれがもうひとつはっきりしない。親の曖昧さが子どものいい加減さを生みます。
はっきりしない、というよりは、これまで、実際のところ、親がどうでも禁止し抜いたという場面がなくて、子は、体験的に、こちらがやりたい放題で押し切れるものだという自信ができてしそんな成り行き、結構ありますね。
まっている。
そうなってしまっていては、あとあと、大切な場面で、ここでしっかりと、心に届かせようと思っても、とても思うようにはいかない。
親の注意を子どものそのたびごとに労多くして実りなし
どうしてこうなのオ?
と、愚痴ばかり吐息まじりにつきつき、厄介事をしでかす子どものあとを追いかけ回り、のしたい放題に、振り回されねばならない。


子育ての期間は休業状態になったとして

先生が私たちの税金使ってあんなバカ

子どもおかあさんカウンセリングで、たとえばこんなふうにだめ
だめ
ノー
と、最初の最初にしっかりはっきり宣言しなきゃあ。
ただ
し、大事なことで、せんからね。
大事な時に、わきでごたごた言い続けると、この一瞬のしっかり、が際立ちまけじめは、あくまで、大事の一点だけを、しっかり、ですよ。
着物の着付けで、ご婦人が言うではありませんか。

子どもが自分の荒れる理由を説明できるわけがない。


母さんは失格

ポイントをしっかり着付けさえすれば、あとあと着崩れないで、しかも、体が自由に動かせるとても楽な着付けになる、と。
あのコツですよ。子どものしつけについても、ね。
叱る、おこる、ということについては、子育てでは随分大事なポイントなので、この本でもあちこちで触れています。
ただ、このご相談の場合、親の言うことを聞かないのではなくて、園の先生の言うことを聞かないのですね。それで、そんな子に育てた、ということで先生から親が叱られる、と。
これ、しかし、ちょっとおかしいのですよ。
親は、先生に叱られた、と思ってはいけない。
大事なけじめという意味で言えば、園では、先生が、しっかり叱るのです。教育につきるとする

  • 学校を休まずこうやって来ている。
  • 子育ての要諦はわきまえている人
  • いじめているらしいと聞き及んだとき


教育につきるとする 指導してくれる 学校へ行ってほしいんでしょ