教育につきるとする

学習するのです。

などと、子どもがわめいても、それにすぐ中途半端に反応して、
するならいくらでもしなさいよ!
浅はかな反発で、なんて、迫力のないいらだった構い方をすると、それが子どものつけ目。
ああ言えばこう言うことになって、どうにも処理できなくなり、大人は、もうどうしようもないというその場逃れでお茶を濁すことになってしから、ウソでも、この子に勝ちをゆずってやろう、まいます。
子どもが親の神経をゆさぶりに来ても、けじめをきちんと通して、方をしない、というのが、おかあさんカウンセリングの基本です。

決していい加減なゆさぶられ時間を与え、結構しらけて、構い立てず、様子を見守ってやっていたら、子ども自身が、自分のはしたなさに、自分一人荒れるのもつまらない、という気持を見せるものです。
焚火でも、埋れ火がほんの少しでも残っていたら、木や葉っぱをうまく組み立てて、風通しよくして、あちこち動かさずに、放っておいたら、ある時、ぼーっと燃えはじめるものですよね。
せっかちに構い立てて、大人が子どもを導かねばとあせるから、な判断が、ぽっと燃えだすわけにいかなくなるのです。
子どもの心のうちから、まとも自分のはしたなさにしらけて寂しげな子に、どうだ、分かったかなんて嘲笑的に言って、ふたたびキッと目を角ばらさせずに、さりげなく、さあ、みんなやる気だねーと声をかけ、当人にも席をゆずってやったら、また元気を出してあとくされなく、遊びはじめるものです。

子どもの心ではないのです


子育てもこれと同じです。

ウソをつく平気でウソをつくのです。バレるとすぐすぐまた見えすいたウソをつくのですごめんなさい。
もうウソはつきません

と約束するのですが
小学二年の長女キヨミは、この間も学校から帰ってきて、絵が張り出されているというのです。
父の日に描いたお父さんの顔で、先生に生き生きとよく描けているとほめられて、玄関の横の廊下に特別に張り出されているというのです三日後のPTAの役員会の時、こにも張っていません。

母親がいる。

大いに愉しみにして見て回ったところ、うちの子の絵なんか、ど同じクラスのシオタアツコちゃんの、大胆で愉しいひげのお父さんの絵なのでした。
私は、迷った挙句に思い切って、担任の先生にうちの子の絵も張り出されていたのですかと尋ねてみました。先生がどうして?と驚いた顔つきをなさりあの、なにか?と、あとの言葉も出ない様子なので、いいえ、すみませんとか言って、私は恥ずかしくて真っ赤になりました。キヨミがまた、とんでもない大ウソをついたのです。どうしてそんなウソを!
わが子ながら、さっぱり気持が分かりません
こんな相談がありました。


体験とはどのようなものかを考えて耐える力

父親の人物を大きくするのであろう。

つい、こんなふうにしてしまいがちですが
どうしてまたあんなウソをつくのよ!あんたの絵なんか張り出されていないじゃないのよ。
あさん、どんなに恥ずかしかったかーほんとにもう!
かキヨミは遊んでいた人形を放り出し、張りつめたような表情のない眼で母親を凝視しながら、ずさりをして、壁に背をくっつけて、棒立ちで黙っています。
後母親は、どう対処していいのか戸惑いながら、口からは嘆き調の詰問がほとばしり出ます。

キヨミはどうして平気でありもしないウソばかりつくの?悪いとは思わないの?
七歳の少女は、凄いような眼つきで、母親を見つめ返す。敵意があふれている、と見てとると母親も思わずかたくなな、追い詰める調子にどうしてもなってしまうのです。
どうして黙ってるの?悪いと思わないの!?ねえ!思わないの!?と責め立てるとごめんなさい、ママ。許して
体も棒のようだし、口から出ることばも棒のよう。母親はもう許せなくて悲しくて、
許してったって、許してそれで済むことなの?ええ?
しくしく少女は泣き出しました。

泣いて済むことじゃないよォ。
泣くぐらいなら、どうして大ウソつくのよさママも自分が泣きたいようなやりきれなさです。

子どもの欲望を抑えない


幼稚園でもひと言もなにも言わないのだって。

その時ママの膝元へ四歳のハルミがするりと寄りついて、母親のエプロンの愉快な熊のアップリケのおヒゲをかわいい指先で引っぱりながら、ねえ、ねっと抱きあげてもらいたがります。
ソはいけないのよねえ、ハルミと、母親が四歳児に助けを求めるようにささやいたのです。

ウすると、得々としてハルミちゃんもウン、イケナイヨ、ネエと甘ったれ声で返します。
ママと妹の、いわばなれあいのそのやりとりを、ちらりと一瞥した瞬間のキヨミの表情を、母親は気づいていないのでした。
どんなに険しい目つきをそのときキヨミがしたことか。
それから、バタバタと部屋を飛び出していったのでした。
おかあさんカウンセリングで、たとえばこんなふうになぜこんな大ウソをつくのか。子どもになってしまう。

  • 母よりも友人が大事になって来ていること。
  • 子どもを丸め込んでしまいがちです。
  • 伸ばしはじめるようになるものです。


子どもになってしまう。 子どもが要求するからやるという感じ 子どもが要求するからやるという感じ